ナショナル・アイデンティティ

ナショナル・アイデンティティ英語: National identity)あるいは国民的同一性とは、国民としての自己認識のことをさす。アイデンティティは、他者と比較しなければみえてくるものではなく、ナショナル・アイデンティティの場合、他者とは自国以外の他国のことを指す。ナショナル・アイデンティティと同様の意味で、国民間の連帯意識に着眼するとき「国民同胞感」という表現も散見される。

概要

ナショナル・アイデンティティは国民(または、ケベック州のような地区等では地域住民)が共通して認識する特徴によって構成される。特徴には以下のようなものがある。

  1. 歴史上の領域、もしくは一定の地域に在った故国
  2. 共通の神話と歴史的記憶
  3. 共通の大衆的・公的な文化
  4. 全構成員にとっての共通の法的権利と義務
  5. 構成員にとっての領域的な移動可能性のある共通の経済

自国を単一民族国家と認識する向きが一般的である国では、人類学的概念としてのエスニック・アイデンティティ民族帰属意識、民族的同一性)と政治学的概念としてのナショナル・アイデンティティの両概念が同一視されやすい。それ以外の場合でも、エスニック・アイデンティティとナショナル・アイデンティティを弁別することは必ずしも容易ではない。また、エスニック・アイデンティティと同じように、ナショナル・アイデンティティの強さは、時代・地域・個人などによって様々である。

ナショナル・アイデンティティと移民

同化から多文化共生への政策シフトの流れ

エスニック・アイデンティティは、その人の先祖(またはその一部)や生まれ育った民族的環境により決定され、おおむね不変である。一方のナショナル・アイデンティティは変わりうる。移民が受け入れ国の文化に同化する過程においてその国に帰化し、その人のナショナル・アイデンティティが特に変化することがある。しかし、個人のナショナル・アイデンティティの変化は、受入国と移民自身のそれぞれの文化的・思想的背景によって成否が左右される。また、その時代における移民受け入れの数も重要なファクターである。移民が多ければ多いほど「集住化」が進み、在来文化への同化が難しくなる。

西欧諸国では、主に1980年代から2010年代までに起きたアフリカ中東、または様々な旧植民地出身の大量移民の到来により、各々の同化政策が機能不全に陥ったのち、「多文化共生」(英:multicultural coexistence)に舵が切られた。

多文化共生政策の下では、在来文化への同化がはじめから求められていない。多文化主義に基づいて、複数の民族あるいは内外の文化を包摂した新しい国民同一性の成立は可能とされている。さらに、異文化を保持したままの移民にも国籍取得の機会が与えられる。これらの非欧州系移民とその子孫の多くは西欧に定住しており、永住権または国籍を有している。およそ各国の国籍法規は血統主義に基づかないため、移民2世以降はほぼ自動的に国籍が付与されている。さらに、移民1世が国籍を取得している場合も多い(西欧諸国は重国籍を認めており、国籍取得の際に従前国籍を離脱する必要がないため、移民1世でも国籍取得を志望する者が多い)。それが大規模に行われる場合、国民の統合を維持するためにナショナル・アイデンティティを再定義しなければならない、すなわち、従来のナショナル・アイデンティティを短期間のうちに大いに変容させなければならないこととなる。

多文化共生に対する批判

多文化共生の推進に伴い、従来の国民の主体的な文化(その国民特有の伝統文化や大衆文化)を放棄もしくは否定する風潮が生じている。しかし、ナショナル・アイデンティティの再定義に対する反発も起きている(右派ポピュリズムを参照)。フランスの政治学者ジェローム・フルケ[1]によると、国民の団結が既に相当程度に喪失されており、ナショナル・アイデンティティをめぐる問題は非常に深刻で複雑な社会問題と化している。

シンガポールは、建国以来、マレー系民族、中華系民族とインド系民族がそれぞれ大きな地位を占めつつ、互いに大幅に融合せず、それぞれのエスニック・アイデンティティを維持しながら、共通のシンガポール国民というナショナル・アイデンティティーを共有しているとみられている。多文化共生の成功例としてよく挙げられるが、シンガポールは、都市国家という非常に小面積であるのに加え、一人当たりの国内総生産(GDP)が極端に高いという特殊な環境である。さらに、強大な警察権の上にシンガポールにおける複数民族の平和な共生が成り立っていることも考慮する必要がある。なお、建国以来シンガポールの人口を構成してきた如上の3民族以外の移民もある程度シンガポールに来ているが、移民の管理は非常に厳格であり、シンガポールが建国民族以外の民族を積極的に取り入れる政策を採っているわけではない。

脚注

  1. ^ Jérôme Fourquet著『L'Archipel français』(フランス列島)

関連項目

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