電気双極子遷移

電気双極子遷移(でんきそうきょくしせんい)は、電子電磁場との相互作用による遷移において,電子の電気双極子が支配的であるときの遷移のことである。実際には磁気双極子や電気四極子による寄与もあるのだが、一般的には電気双極子による寄与が最も大きいことが多い。

理論

遷移確率

詳細は「遷移確率」を参照

フェルミの黄金率によると、ある相互作用ハミルトニアン W ^ {\displaystyle {\hat {W}}} が働いているときの状態 ψ i {\displaystyle \psi _{i}} から状態 ψ f {\displaystyle \psi _{f}} への遷移確率 | ψ f | W ^ | ψ i | 2 {\displaystyle \left|\langle \psi _{f}|{\hat {W}}|\psi _{i}\rangle \right|^{2}} で表される。では電子と電磁場が相互作用しているような状況を考えた時の W ^ {\displaystyle {\hat {W}}} の具体的な形はどのようになるだろうか。

光と電子の相互作用

詳細は「電子光子相互作用」を参照

電磁場と相互作用する原子に束縛された電子のハミルトニアンは、電磁場中の古典的な荷電粒子のエネルギーから類推すると、次のように与えられることがわかる[1]

H = 1 2 m [ p q A ( r , t ) ] 2 + V ( r ) q m S B ( r , t ) {\displaystyle H={\frac {1}{2m}}[\mathbf {p} -q\mathbf {A} (\mathbf {r} ,t)]^{2}+V(r)-{\frac {q}{m}}\mathbf {S} \cdot \mathbf {B} (\mathbf {r} ,t)}

このハミルトニアンは時間依存しない項 H 0 {\displaystyle H_{0}} と時間依存する相互作用項 W ( t ) {\displaystyle W(t)} に分けることができる。

H = H 0 + W ( t )   {\displaystyle H=H_{0}+W(t)\ }
H 0 = p 2 / ( 2 m ) + V ( r ) {\displaystyle H_{0}=\mathbf {p} ^{2}/(2m)+V(r)}
W ( t ) = q / m p A ( r , t ) q / m S B ( r , t ) + q 2 / ( 2 m ) A 2 ( r , t ) {\displaystyle W(t)=-q/m\mathbf {p} \cdot \mathbf {A} (\mathbf {r} ,t)-q/m\mathbf {S} \cdot \mathbf {B} (\mathbf {r} ,t)+q^{2}/(2m)\mathbf {A} ^{2}(\mathbf {r} ,t)}

時間依存する相互作用項 W ( t ) {\displaystyle W(t)} の第3項目はAについて2次なので、小さな電磁場のときは無視出来る。

双極子近似

また第1項目と第2項目の和は、光の波長が電子雲の広がりよりも十分に長いならば、以下のように展開できる。

W ( t ) = W D E ( t ) + W D M ( t ) + W Q E ( t ) +   {\displaystyle W(t)=W_{DE}(t)+W_{DM}(t)+W_{QE}(t)+\cdots \ }

ここで W D E ( t ) {\displaystyle W_{DE}(t)} は電気双極子項、 W D M ( t ) {\displaystyle W_{DM}(t)} は磁気双極子項、 W Q E ( t ) {\displaystyle W_{QE}(t)} は電気四極子項と呼ばれる。電気双極子項以外を無視することを双極子近似という。

電気双極子の項は以下のように表される。

W D E ( t ) ϵ ( e r )   {\displaystyle W_{DE}(t)\propto {\boldsymbol {\epsilon }}\cdot \sum (-e\mathbf {r} )\ }

つまりこれは電磁波の偏り ϵ {\displaystyle {\boldsymbol {\epsilon }}} と電気双極子モーメント ( e r )   {\displaystyle \sum (-e\mathbf {r} )\ } の相互作用の項である。電気双極子遷移とは、遷移のなかでも相互作用 W D E ( t ) {\displaystyle W_{DE}(t)} 寄与による部分のことを指す。

選択律

詳細は「選択律」を参照

遷移確率は | ψ f | W | ψ i | 2 {\displaystyle \left|\langle \psi _{f}|W|\psi _{i}\rangle \right|^{2}} で表される。 W D E ϵ ( e r )   {\displaystyle W_{DE}\propto {\boldsymbol {\epsilon }}\cdot \sum (-e\mathbf {r} )\ } は奇関数なので、 | ψ f | W D E | ψ i | 2 {\displaystyle \left|\langle \psi _{f}|W_{DE}|\psi _{i}\rangle \right|^{2}} が値を持つかどうかは、 ψ i {\displaystyle \psi _{i}} ψ f {\displaystyle \psi _{f}} の偶奇性(パリティ)によって決まる。

パリティが同じような状態間では、電気双極子遷移の遷移確率はゼロになる。これをラポルテの選択律と呼ぶ。しかし実際には磁気双極子項や電気四極子項も存在することや、対称性が乱れることによる偶奇性の変化もあるため、遷移確率はゼロではなくなり弱い遷移が起こる。

脚注

  1. ^ A. E. Siegman (1986). LASERS. University Science Books. ISBN 0-935702-11-3 

関連項目